暗号アンソロジー エニグマ

「明日へ向かうために」 秋空 脱兎

 わたしの名前は星野 今日(ホシノ・コノヒ)。中学三年生、女子だ。
「っしゃあ!!」

 そして、たった今高校受験をクリアした人間だ。

 思わずガッツポーズを作り、声を張り上げた。周囲には他にも受験生がいたが、気にしなかった。
「コノヒちゃん、私のもあった!」
 そうしていると、私の隣にいる女の子が話しかけてきた。
 この娘は、宙海 燈(ソラミ・アカリ)。私の無二の親友だ。
「本当!?」
「ほら!」
 燈の指差す先を見ると、親友の受験番号が書かれていた。
「……やったじゃん!」
「うん!」
 わたしと燈は、腕を交差するようにガッとぶつけ合った。わたしは右腕、燈は左腕。
 そうしてから、わたしたちは合格者一覧に背を向け、他の受験生の間をすり抜け、悠然と歩き出した。
 さながら、『死闘の末に敵を大爆発に巻き込んで倒した後』のように。

 校門まで歩くと、わたしは少し肩の力が抜けた気がした。
「さて、帰るか。燈はどうする?」
「私も今日はいいかな。ホッとしたら何か疲れちゃったし」
「んじゃ、今日のところは解散という事で。後で遊ぶ計画立てよう」
「うん」
「じゃ、また」
「またね」

 今日はこれで解散して、計画を立て次第、時間の許す限り遊び倒す。
 いつものように。

§

 帰宅してからボーっとYouTubeでサーフィンしていると、一つの動画が目に止まった。
「A-1972 eが消滅?」
 サムネイルには地球によく似た別の惑星の画像が使われていた。
 惑星の名前ってナントカ星みたいなのじゃないやつもあるんだな、と考えながらサムネイルをタップする。
 内容はタイトルそのまま、アンドロメダ銀河にある惑星A-1972 eが惑星A-1972に吸収され消滅したというものだった。
 文に起こすとややこしいが、太陽系で例えるなら地球が太陽に吸収されて消滅した、といった所だろう。
 動画を見終え、次を選ぼうとしたその時、Lineの通知が来た。
 送り主は燈。内容は──、
「『今日の夜、八時頃に会えないかな?』」
 思わず内容を読み上げた。
 何だ、藪から棒に。
 今日の予定を確認してから、理由を聞いてみる。

コノヒ:『どうして?』
アカリ:『どうしても、二人っきりで話したいことがあるの』

 どう返信するか考える前に、燈から長文のメッセージが届いた。
 その内容なのだが……。

『-・-・ --- -- ・ - --- - ・・・・ ・ ・-・・-・ ・-・- ・-・・ ・- -・ ・ - ・- ・-・ ・・ ・・- -- ・-・・-・ ・-・-・-』
『ヒント:English』

「何じゃこりゃ……?」
 文字を打とうとした瞬間に寝たのか?
 でも『English』って単語打ててるし……。
「……いや、待てよ? 前にどっかで──そうだ、モールス信号!」
 何故知っているかというと、とある映画で使われるシーンがあり、その内容を知りたくて調べたことがあったからだ。
 私は机のラックから、『調べたこと』と題したノートを引っ張り出した。
「えっと、どこに……あった」
 ノートの中身があまりに雑多なために、見つけるのに少し時間がかかった。
 ググればいいだろって? ほっとけ。それが便利なのは知ってるけど、なんていうか負けた気がするんだ。
「英語がヒントなんだから、英語と仮定して……C、O、M、E……だから……COME TO THE "PLANETARIUM" .か」
 直訳すると、『〝プラネタリウム〟に来て』だ。
「……あそこの事、だよな」
 私たちの住んでいるこの街や周辺の市区町村に、プラネタリウムは存在しない。
 だから、答えは自然と決まる。
 私の住んでいるマンションから東の方にある公園には、ちょっとした山がある。その頂上にある物見台を、私とアカリはプラネタリウムと呼んでいるのだ。
「合ってますように」
 軽く願掛けしながら、メッセージを送る。

コノヒ:『・・・-・』

意味は『了解』だ。続けて、暗号の答えを送信する。

コノヒ:『Come to the "Planetarium".』
コノヒ:『追伸:区切らなかったのは難易度を上げるため?』

 程なくして返信が来た。

『-・-・ --- ・-・ ・-・ ・ -・-・ - ・-・-・-』

 またモールス信号だ。意味は、
「……Correct.」
 正解だったようだ。
 二十秒ほど経ってから追伸が来た。

アカリ:『そう! わざと!』

成程ね。実際難しかった。

コノヒ:『分かった。予定空けとくね』
アカリ:『うん。待ってる』

 適当にキャラクターが『オッケー!』と言っているスタンプを送り、アプリケーションを閉じた。
「……なんだろう、大事な話しって」
 何だか、嫌な予感がする。
 当たって欲しくないな。

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