暗号アンソロジー エニグマ

「レヴェレイション・レクリエイション」 PAULA0125

 子羊が第四の封印を解いたとき、私は第四の生き物の声が「来なさい!」と言うのを聞いた。
 見ていると、青白い馬が現れた。それに乗っている者は「死」という名を持ち、墓がすぐ後に従っていた。そして、地上の四分の一に対する権威がその者達に与えられた。長い剣と、食糧不足と、死に至る病気と、地上の野獣によって、人々を殺すのである。
―――■■訳聖書 ■■ 六章より抜粋



 昨夜、急な葬式があったので、朝のお勤めは少し眠かった。それでも、オンラインで見ている信者達がいるので、聖堂でたった一人でもミサをたてなければならない。平素の、ミサの後の持てなしがない分、やることは少ない。しかし説教の内容は考えなければならない。父の跡を継いで一七〇〇年と少し。ここまで世の中に「死」が広まっているのは、片手で数えるほどしかない。それでもこの国は、まだまともな方だ。ネット環境に至っては十分過ぎて情報が氾濫しているし、インフラも完璧だ。その上、『自分達』は、基本的に病を得ることがない。人々を勇気づけるため、色々人間の縛りを解いて移動することは出来るが、そうすると自分の事をただの西洋由来の日本人だと思っている信者達が恐がり困惑する。弟がまるで体験してきたかのように言うので、きっと彼は励まそうとして失敗してきたのだろう。
 と、その時、内線が鳴った。窓の外を見ると、小さな金髪の少女が立っている。もうなんとなく用件は分かったが、信者は恐らく分からないので、内線に出た。
『ローマンさま、ローマンさま、ローマンさまの姉と名乗る、小学生くらいの女の子が来ていますが、どうしますか?』
「その子は確かに、親父がうちの一族の娘と認めたから、通して大丈夫だ。なるべくものに触らないように、司祭館に来て貰ってくれ」
 しかし、いくら自分達が病気にならないからと言って、本人が登場するとは、もう感動を覚えるレベルだ。その熱心さだけは、確かに我が一族で一、二を争うレベルだろう。…無論、皮肉だが。
 呼び鈴が鳴ったので、今から既に疲れているが、とりあえず中に入れる。
「こんにちはー!」
「おいジャネット、大声は禁止と政府が言ってるだろ。」
「人間同士はそうね。それより中に入れてよ、聖書の話を死に来たんだから。」
「まだやるのかよ。」
「むしろ、もう事物の終わりが近いのに、二十億近い人々が偽のキリスト教を信じてる今の方がおかしいのよ。だから、まずはトップから変わらなくちゃ。さ、さ、聖書あげたでしょ。聖書持ってきて。」
「はいはい…。応接間に入っててくれ、準備をするから。」
 このやりとりは、この数ヶ月で始まったものではない。それこそ彼女がこの国に来た時からのやりとりだから、……ざっと百数十年は、「もう事物の終わりが来るから改宗しろ」と迫ってくる。この国で初めて認可された「宗教法人」だからといって、気合いを入れすぎだ。正直暇だから相手をしているが、それは、自分が長女で跡取り娘だと思い込んでいるのが不憫だからではなく、『ジャネットの相手をして、きちんと向き合って欲しい』と、信徒の娘に言われたからだ。余程この娘は、ジャネットの仲間に嫌な思いをさせられたらしい。どうせ定命の身ではない。あの娘が泣きながら、『ジャネットを駆逐するくらいの気概で』とまで言うのだ。こんな暇な時期くらい、一信徒の為だけに働くのも吝かではない。
 少し温く、白めに淹れたカフェオレと、自分用のブラックコーヒーをトレイに載せ、自粛が始まる前に貰ったクッキーと、彼女が最近渡してきた、彼女しか使わない聖書を持って来る。
「今日は啓示の八章よ!」
「はいはい、黙示録ね、黙示録。」
「啓示よ。ほら、ちゃんとそう訳したでしょ」
「はいはい、どっちでもいいよ。」
「どっちでもよくないわ、聖書が正しく使える事が、真の崇拝に繋がるんだから。だから貴方はダメなのよ。」
「はいはい。で? 今日はなんの話?」
 そういうわけで、壮大なる無駄な時間が始まったのだった。
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