人でなしたちは推理をしない

人でなしシリーズ(1)

    1 水無瀬片時は人でなしである

 犯人は! おっまえだー!

 とか言えたらよかったんですけどねえ。
 仮にも探偵であるのなら一度は使ってみたい一言に思いをはせます。まあ、思いをはせたところでどうなるというものでもありません。悲しいことに。
 私は相棒のパペット片手に、死んだ目で目の前の惨状を見つめていました。
 泣き叫ぶ奥さんA。掴みかかる奥さんB。取り押さえられる馬鹿夫。床に散乱する原因。
 阿鼻叫喚。
 まさにその言葉がふさわしい有様でした。
「バンビさんどうしたの?」
 無駄に足が長いイケメン馬鹿人でなし刑事、水無瀬片時が腰をぐーっと横に傾けて私の顔を覗き込んできました。
「あ、お腹でも痛い?」
 違いますよこの能天気男。というかいい加減バンビさん呼びをやめてください。小鹿ひばなだから「バンビ」なんて安直すぎます。
 それに私はもう22歳ですよ? 女の子という年齢はとうの昔に越しているのに、バンビさんは可愛すぎるでしょう。いや、見た目は小学校高学年、よくて中学生とよく言われますが、もう中身は大人なんですよ?
 身長143センチだけど! 服装もまあ、小学生だけど! 本日、スウェットにオーバーオール姿だけど! 仕方ないでしょう、こういう服のほうが油断させやすかったりするんです!
「ねえ、バンビさんったら」
 水無瀬は私の頭をはるか頭上からぺしぺし叩いてきます。くっ、高身長アピールか!
「僕もう帰っていいかな? コンビニ行きたいんだけど」
 イラッ。
 私はパペットを振りかぶると、がら空きになっている水無瀬の腹に、思いっきりこぶしを叩き込みました。
 パペットパンチ!
「うぐゃっ!」
 腰を折ってうずくまる水無瀬の頭を、私は冷たく見下ろしました。寝ぐせがあちこちに飛んだぼさぼさに近い髪形です。櫛を通せ。
 私はパペット5号(くまさん)をぱくぱくしながら水無瀬に宣告しました。
『行っていいわけないだろう。せめて最後まで事件を見届けろ』
 内心は丁寧語ですが、口から出るのはぶっきらぼうな言い方になってしまいます。
 どうにもパペットフィルターを通すとこうなってしまうんですよねえ。パペットを通さずに話すのは正直いやですし。もしかしてこれ、外弁慶?
「えーっ」
『えーじゃない。給料をもらっているなら、責任を果たせ』
「あっ、そっか! バンビさんもコンビニチキン食べたかった? はい、分けてあげるね」
 水無瀬はコンビニ袋の中から冷めたチキンを取り出しました。
 ちょっ、もうすでに買ってたんですか! しかも冷めてる! 馬鹿!
「一口食べたけど美味しかったよ」
『一口食べたのか!?』
「それでお腹いっぱいになっちゃった!」
『コラッ!!!!』
 そこそこ長い付き合いだから小食だということは分かっていますが、さすがにほどがあります。鶏さんに謝りなさい。
「はい、どうぞ」
 いやどうぞじゃないでしょ、どうぞじゃ。
 でも私の信条的にごはんを無駄にはしたくないんですよねえ。私はぐぬぬっとうなって迷った後、水無瀬からチキンを奪い取りました。
『食い切れないなら買うな!』
「いけると思ったんだもん」
『大の大人が「もん」とか言うな! お前、この前も期間限定バーガーLセット買ってきただろう。誰が食べてやったと思ってるんだ!』
「バンビさん」
『分かってるならやるな!』
「あのぉ、お取込み中のところすみません」
 眉を下げて恐縮しながら、捜査一課の新人刑事、田貫弓道が私たちを覗き込んできました。目の下にあるくまも相まって、情けない顔です。
『なんだ狸』
「え? 今、イントネーションおかしくありませんでした?」
『気のせいだ。用件を言え』
 狸さんは何か言いたそうな顔をした後、ため息交じりに言いました。
「そろそろ事件を解決しません?」
 私は何度か目をしばたかせ、遠い目をしながらふっと笑いました。
『馬鹿だな、狸』
「え?」
 狸さんは言われた意味が理解できなかったらしく、目を丸くしました。間抜け面です。私は腰を折っている彼の顔に、がぶっとパペットを噛みつかせました。
『私たちにできるのは――事件を『終わらせる』ことだけだ』

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